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乳頭・黒湯温泉と旧池田氏庭園 ——豪農の矜持 16代当主泰久の晩秋

(雪国TODAY2017年11月号/全文4345文字/写真12枚)

晩秋の乳頭温泉郷。館主は硫黄の源泉の前に立っていた。この日午前、秋田県大仙市の旧池田氏庭園に隣接する自宅から乳頭・黒湯温泉へ車を走らせた。庭園も温泉郷も紅葉を楽しむ人たちで華やいでいた。
インターネットサービス(SNS) を充実させた温泉宿の経営は順調だ。池田家16代当主・泰久。68歳の晩秋。 (敬称略)

晩秋の乳頭温泉郷・黒湯温泉。燃えるように染まるブナやモミジ、カエデの紅葉

マイカーが次々と到着し、乳頭温泉郷の夕暮れが近付いてきた。田沢湖高原を過ぎて鶴の湯、乳頭休暇村、妙乃湯、大釜、蟹場、孫六、黒湯――7つの温泉宿の湯煙が訪れる人の郷愁を誘っていた。

乳頭の登山口に近い黒湯から宿泊客らのざわめきが聞こえてきた。登山や行楽を楽しんだ人たちが、1日の疲れを癒す乳白色の硫黄の湯を楽しんでいる。フロント棟の奥にある混浴露天風呂にランプの明かりが灯った。

宿泊客が湯船に身体を沈めると、「橙色に染まったブナの原生林が迫ってくる。いいな、東北の山、硫黄の山の湯。開放感に浸れる」。
先達川源流のせせらぎが山の宿の静寂を際立たせ、燃えるように染まる乳頭の山並みが冬の訪れを告げていた。

SNSを充実させたことで、休日の宿泊予約はなかなか取れない状況が続く黒湯。平日の宿泊客は30〜50人。土、

日曜日は満室の70人という繁盛ぶりだ。
宿泊客の内訳は県内約5%、外国人15〜20%、県外客75%でスタッフ25人が対応している。

「昨日はドイツ人の登山客が3人宿泊した。SNSの充実で世界中どこからでも予約申込がある。東北の山を楽しみ、日本文化に触れたいと、お越しになられます」。 そう話す館主の妻佳子(54)の顔がにこやかだ。

一軒宿・黒湯の部屋数は多い。8畳と10畳の一般客室14室と自炊棟に22室。この他に昭和39年、高松宮様が春スキーに訪れた際に宿泊するために建てられた別荘と呼ぶ離れが一戸。各室フル稼働が続く。

「世の中、おもしろい。不思議なものだ」。池田家16代・泰久は荒涼とした硫黄の源泉の前で栄華を極めた先代たち、その後の時代の変遷を思い感慨に耽った。

黒湯温泉は乳頭温泉郷で随一の湯量。源泉の状態を確かめる池田家16代当主の泰久

 

「インターネットで世界中から乳頭温泉郷の黒湯温泉に宿泊の申込がある。先代たちは仙北平野に広大な農地を築き、そして農地解放という時代の荒波にのまれた。が、いまや黒湯は世界中に日本の伝統文化を発信し続けている。広大な農地に代わって黒湯の前に無限に広がる情報社会がある」

池田家16代の歴史は、江戸時代初期の旧仙北町高梨村の肝煎(きもいり)を務めた孫左衛門に遡る。明治時代中期から戦前まで高梨村村長を務め、山形県酒田市の本間家、宮城県石巻市の斉藤家と並ぶ東北3大地主に成長していく。

12代当主は秋田県選出の最初の貴族院議員。秋田銀行の初代頭取を務めている。泰久は地元の高梨小、大曲中、横手高、早稲田大を卒業し、旧三井銀行入り。その後、32歳の時に旧羽後銀行へ。

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