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千秋の鐘 時鐘守・吉敷家7代208年 新春 夜明けの街に鐘の音

(雪国TODAY2017年1月号/全文860文字/写真3枚)

明けの秋田市中心部に千秋公園の時鐘が鳴り響いた。第7代時鐘守の吉敷(よしき)光雄さんの澄み切った鐘の音だ。この顔を見ていただきたい。吉敷家208年にわたる時鐘守の誠実な顔だ。

午前7時ちょうど、時鐘守の吉敷さんが鐘をついた

 

まだ薄暗い千秋公園裏道の階段を吉敷さんは一歩一歩踏みしめながら登って来た。鐘楼の入り口で鍵を開け、さらに30段の階段を登り、鐘の正面に立った。呼吸を整えている。

 

おもむろにポケットからラジオを取り出し、秒単位の時刻を確認しながら右手で鐘木(しゅもく)の紐をつかんだ。それから鐘木を振り始め午前7時ちょうどに鐘は鳴り響いた。

 

鐘は7回。そして一礼し、鐘から離れた。208年間欠かさず行われてきた時鐘守・吉敷家のあっけないほどの所作だった。

 

時鐘の歴史をみると、久保田城に時鐘が設置されたのは寛永16年(1639)。2代藩主佐竹義隆の時代。鐘楼は二の丸東南の角、黒門を登った左手にあった。それまでは大太鼓を打って久保田城下に時を告げていた。

 

時鐘のつき初めは11月1日だった。佐竹義宣の移封に従って水戸から移ってきた吉敷家は文化6(1809)年に時鐘方になっている。以来、戦時中に鐘が軍に供出され再建されるまでの期間を除き、営々として現在まで時鐘守を務めてきている。

 

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「五能線 私を癒して冬の日本海」 温泉、白神の山々 一人旅の女性に人気

(雪国TODAY2017年1月号/全文1350文字/写真6枚)

車窓から見下ろす冬の日本海に波の花が舞い、荒れ狂う波が奇岩を洗っていた。海鳥が視界から消えていった。彼女は席を立ち、眼下に広がる日本海を見続けた。五能線が一人旅の女性に人気だという。

冬の海を見てもの思いにふける一人旅の女性

JR秋田駅3番ホームの午前8時。間もなく出発するリゾートしらかみ「橅」は沿線の温泉ホテル、弘前などで年越しを楽しむ家族連れ、カップルの観光客で華やいでいた。

 

駅員から記念写真を撮ってもらったカップルは男性が米国人。「リゾートしらかみに乗ってみたかった。冬の日本海が楽しみ。私も彼も始めての北東北の旅。冬の日本海、冬の白神山地そして温泉が魅力的」と女性。

 

解放感のある車内は世界遺産「白神山地」のシンボル・ブナや秋田杉、青森ヒバが化粧材にふんだんに使われ、ラウンジ車両のカウンターから立ちこめるコーヒーの香がリゾート感を増幅していた。

 

 大自然の中を走るリゾートしらかみが大人気となっている一方で、ローカル五能線が女性一人旅の人気上位を占めている。車窓から見える冬の日本海が良いのだという。

 

♪どこへ行ったらあなたから旅立つことができるでしょうか〜♪——

演歌歌手の水森かおりは哀愁を帯びた声で『五能線』を歌った。

 

石川さゆりは♪北へ帰る人の群れは誰も無口で 海鳴りだけが聞こえてる〜 私も一人連絡船に乗り〜 津軽海峡冬景色〜♪と冬の北国の哀愁を熱唱。

♪お酒はぬるめの燗がいい 肴はあぶったイカでいい女は無口なひとがいい〜♪と歌ったのは『舟歌』の八代亜紀。

 

作詞家の阿久悠は「作詞家も作曲家もみんな五能線に乗っている。哀愁、寂寥といった要素が凝縮されている。五能線沿いの海辺のひなびた寒村がベースになって数々の名曲が生まれた」と生前語っている。

 

深浦駅で下りの普通列車に乗り換えた。空席の目立つ車内には一人旅の女性が何人も。

神奈川県藤沢市の関口育美さんは前日、東京駅を発ち弘前市に一泊。この日はリゾートしらかみで深浦駅に到着した。

「この駅から東能代駅までが旅の一番の目的。ローカル線の車窓から冬の日本海を見たい」と目を輝かせた。

 

東能代駅で再び奥羽線に乗り換え鷹巣に泊まって、翌日は秋田内陸線で奥阿仁の冬景色に感動したいと言い、「終着は角館。雪に覆われた武家屋敷もすてきでしょうね」

「ここから絶景ポイントに入ります。列車は徐行運転を繰り返します。冬の日本海をお楽しみください」。女性乗務員のアナウンスが車内に響いた。

 

リゾートしらかみは青森県側に入ると津軽弁「語り部」実演や津軽三味線ライブ、津軽の伝統人形芝居など多彩なイベントを展開している。

秋田県側では冬の日本海に浸ってほしいというJR東日本の粋な計らいなのか特に何もない。

 

女性が座席から立ち上がり眼下の日本海を見続けている。「人生で立ち止まりたいときがあるのね。そんなとき冬の日海は女性の心を癒してくれたり、逆に挑戦心をかき立ててくれたりするのだと思う。哀愁とか湿っぽい演歌の世界とは違う」と関口さん。

 

そんなものかと思いながら深浦駅で買ったワンカップ日本酒と薫製のイカを彼女に勧めた。

♪お酒はぬるめの燗がいい 肴はあぶったイカでいい 女は無口なひとがいい〜♪

冬の日本海に乾杯、一人旅の彼女たちにご苦労さま……

名山に憧れて 鹿島槍ヶ岳で事故は起きた 人はなぜ山に登るのだろうか 矢留山岳会

(雪国TODAY2017年1月号/全文4320文字/写真12枚)

稜線の先に山頂が見えた。強風に足を踏ん張り一歩ずつ距離を稼いだ。顔面に雪が張り付き、瞬きするとまぶたが凍り付いていた︱。県内では年越しの冬山を楽しんだクライマーが少なくない。山ガール、中高年を中心に盛り上がる登山ブーム。秋田市の太平山などをホームグランドに半世紀を超える歴史を持つ矢留山岳会(橋爪隆弘会長・会員30人=秋田市)の2017年が明けた。

南八甲田の山々を縦走する矢留山岳会。標高1517㍍櫛个峯山頂へ

「今日の山行で雪に慣れてほしい。これから冬山本番を迎える」。美郷町にある真昼岳(1059・4㍍)の登山口で、パーティーリーダーとなった斎藤健一さんが呼び掛けた。午前8時、登山口を出発。初冬の真昼岳は雪に覆われていた。パーティー5人のうち初級者1人を含む3人が女性。「冬山は登山道が雪に隠れて分からない。だから読図が絶対必要。地図とコンパスを頼りに山頂を目指す。地図上の自分の位置を確認しよう」と斎藤さん。地図を広げコンパスをあてた。

 

稜線まで急登が続いた。「周囲の景色をよく見よう。読図でイメージした地形と合致しているか。確認が重要だ。冬山は登山道を歩くケースは少ないからね。左右の峰を確かめて。景色がイメージと違えば迷っている可能性を考えよう。コースを外れたら命取りになる」。午前10時半に難所の通称ヤセヅルを通過。体感温度がぐんぐん下がる。「足を踏ん張らないと飛ばされる」と女性隊員。稜線に辿り着くと風はさらに吹き荒れていた。隊員の呼吸が荒くなった。黙々と頂上を目指すパーティー。

矢留山岳会の冬山山行

 

 

隊員何を考えているのだろう。

佐々木美雪隊員は一歩一歩雪を踏みしめながら遥か遠い昔の鳥海登山を思った。「登山に夢中になったきっかけは始めての鳥海山登山。松个崎中学校(由利本荘市)の登山だった。頂上に到達したときの達成感。眼下に広がる日本海の眺め。大自然に圧倒された」。社会人になって山にのめり込んでいった。ロッククライミング、アイスクライミングにも挑む。「もっと登山技術を高めたい。目標は北アルプス・前穂高岳の屏風岩東壁登攀。高低差600㍍、国内最大級のスケール。昨年は屏風岩に挑んだ。体力、技術を磨き今年はさらに難易度の高い岩へ」。 穂高連峰の中にあって最も美しいスカイラインを見せる前穂高岳北尾根の「雲稜ルート」に魅せられた。

斎藤隊員は昨年5月の鹿島槍ヶ岳東尾根遭難事故を考えていた。「想像以上に体力の消耗が激しかったのかな。隊員全員を観察する力を身につけなければ」。

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「日の名残り」原書! ノーベル賞のイシグロ代表作 脱サラ 年明けオープンの書店に

(雪国TODAY2017年1月号/全文2020文字/写真3枚)

年明け早々、秋田市大町の街角に書房がオープンする。店主となる彼は急がず、焦らず開店準備を始めた。

今年のノーベル文学賞は日系英国人のカズオ・イシグロ。イシグロの代表作「日の名残り」は、没落した貴族の執事の思い出を美しい英国の田園風景とともに描いた。

 

書房が入居するテナントのお隣組となる事務所の社長は、自らのブログで発信するコラム「ひとこと」で、「日の名残り」の原書について触れた。

「書房のウインドーに原書を飾ったら客寄せの目玉になるかも。ささやかだが応援したい」

「日の名残り」の原書。貴族の執事の実らぬ恋を描いた

クリックするたびに日本語訳の中古本の値が刻々と上がり、結局イシグロの代表作「日の名残り」を買うことができなかった―イシグロがノーベル文学賞を受賞したというテロップが流れた10月6日、すぐにインターネット通販サイトのアマゾンで中古本を探した文学ファン、マニアは少なくない。

 

「日の名残り」は英国文壇の最高賞ブッカー賞を受賞している。2017年11月22日発信の社長のコラム。タイトルは「英語力」。

 

―― 手元に今年のノーベル文学賞に輝いたカズオ・イシグロの代表作、邦題「日の名残り」のハードカバーがある。

「The Remains of The Day」。カバーには「WINNER OF THE 1989 BOOKER PRIZE」のブッカー賞受賞記念の帯も。

 

兄が1989年に旅行先のロンドンで購入した。それからもうかれこれ30年。 たまたま受賞が発表された翌日の10月7日、所用で行った東京の居酒屋で話題がイシグロに及び、兄が「本を持っているよ。それもロンドンで購入した正真正銘の原書」と言ったかは忘れたが、私は興味を示した。

 

隣で本屋さんが開業する話も進んでいて、「これをウインドーに飾ったりすれば目玉になるのかな」。そんなことが頭をよぎった。

 

兄が酔った上の話と、否定もせずに大事な本を持って来たのは昨日。手放すに当たってもう一回読み返したとか。

 

兄によると、執事に想いを寄せるメイドとの実らぬ恋の話なんだとか。これだけ聞くと、よくノーベル賞の下馬評に上るあの作家とは両極端の作風に思えて親和性を覚えるが、原書で読むなどという英語力は皆無な訳で‥。

 

いずれ「日の名残り」の文庫本を一回読んだ上で、文庫を脇に置いて、対訳的に読み進むことで原書の味わいを感じるのもいいかな、などと思っている―

 

大町に乃帆書房を開店するのは大友俊さん(53)。書房は竿燈大通りの秋田銀行大町支店の裏。民家を改装したテナントで、理髪店「ちょっきん館」や稲庭うどん「無限堂」、納豆専門店、老舗の仏壇店、はんこ屋、不動産屋、割烹、旅館、新興宗教などが軒を連ねる混然とした一画。

 

通町に抜ける角には鮮魚の「せきや」も。昭和の"日の名残り"がにじみ出てくる地域だ。

カズオ・イシグロ

「ちょっとマニアックな書房になるかな」と大友さん。既存の書店に置いている書籍は原則置かないという。「例えば地元出版社の書籍だけでなく、秋田に少しでもゆかりのある書籍をそろえていく。他に漫画の外国語版とか。語学関連の書籍も充実させたい。秋田には国際教養大がある」と話す。

 

大友さんは秋田高から東京外語大に進みプログラマーに。数年前から書店経営を視野に入れていた。東京の神保町、高田馬場などの古書店を歩いて情報収集に務めている。

 

「乃帆書房『のほ』と読む。まずは、"のほ"ほーんと本屋のおやじ修行に励みたい」

年明けの書店オープンを目指し、準備を始めた大友さん。開店時にはカズオ・イシグロの代表作﹁日の名残り﹂の原書が飾られる

コラムの社長は会社務めを終えた後独立し、事務所の窓から見たこと感じたことを1日1本発信している。毎日欠かさず8年になる。その「ひとこと」は2930回を超えた。

 

大友さんには、緻密なプログラマーという職務を離れ、のほほーんとした本屋のおやじ稼業が待っている。

 

書房がオープンする大町の一画は昭和という時代、大友少年が寝っ転がって見た父親の古里下浜の海に浮かぶヨットの帆ののほほーんとした景色を連想させる書房の名前、新聞記者だった社長のコラム。

それぞれに三者三様の"日の名残り"がある。年明け早々の乃帆書房オープン。イシグロの「日の名残り」の原書、一見の価値あり。

 

データボックス

 

カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro, 漢字表記: 石黒 一雄、1954年11月8日 生まれ )は、長崎県出身の日系イギリス人小説家。2017年にノーベル文学賞を受賞した。ロンドン在住。

1982年、英国に在住する長崎女性の回想を描いた処女作『女たちの遠い夏』(日本語版はのち『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を受賞し、9か国語に翻訳される。1983年、イギリスに帰化する。1989年、英国貴族邸の老執事が語り手となった第3作『日の名残り』(原題:The Remains of theDay)で英語圏最高の文学賞とされるブッカー賞を35歳の若さで受賞し、イギリスを代表する作家となった。