(雪国TODAY2017年1月号/全文2020文字/写真3枚)
年明け早々、秋田市大町の街角に書房がオープンする。店主となる彼は急がず、焦らず開店準備を始めた。
今年のノーベル文学賞は日系英国人のカズオ・イシグロ。イシグロの代表作「日の名残り」は、没落した貴族の執事の思い出を美しい英国の田園風景とともに描いた。
書房が入居するテナントのお隣組となる事務所の社長は、自らのブログで発信するコラム「ひとこと」で、「日の名残り」の原書について触れた。
「書房のウインドーに原書を飾ったら客寄せの目玉になるかも。ささやかだが応援したい」

「日の名残り」の原書。貴族の執事の実らぬ恋を描いた
クリックするたびに日本語訳の中古本の値が刻々と上がり、結局イシグロの代表作「日の名残り」を買うことができなかった―イシグロがノーベル文学賞を受賞したというテロップが流れた10月6日、すぐにインターネット通販サイトのアマゾンで中古本を探した文学ファン、マニアは少なくない。
「日の名残り」は英国文壇の最高賞ブッカー賞を受賞している。2017年11月22日発信の社長のコラム。タイトルは「英語力」。
―― 手元に今年のノーベル文学賞に輝いたカズオ・イシグロの代表作、邦題「日の名残り」のハードカバーがある。
「The Remains of The Day」。カバーには「WINNER OF THE 1989 BOOKER PRIZE」のブッカー賞受賞記念の帯も。
兄が1989年に旅行先のロンドンで購入した。それからもうかれこれ30年。 たまたま受賞が発表された翌日の10月7日、所用で行った東京の居酒屋で話題がイシグロに及び、兄が「本を持っているよ。それもロンドンで購入した正真正銘の原書」と言ったかは忘れたが、私は興味を示した。
隣で本屋さんが開業する話も進んでいて、「これをウインドーに飾ったりすれば目玉になるのかな」。そんなことが頭をよぎった。
兄が酔った上の話と、否定もせずに大事な本を持って来たのは昨日。手放すに当たってもう一回読み返したとか。
兄によると、執事に想いを寄せるメイドとの実らぬ恋の話なんだとか。これだけ聞くと、よくノーベル賞の下馬評に上るあの作家とは両極端の作風に思えて親和性を覚えるが、原書で読むなどという英語力は皆無な訳で‥。
いずれ「日の名残り」の文庫本を一回読んだ上で、文庫を脇に置いて、対訳的に読み進むことで原書の味わいを感じるのもいいかな、などと思っている―
大町に乃帆書房を開店するのは大友俊さん(53)。書房は竿燈大通りの秋田銀行大町支店の裏。民家を改装したテナントで、理髪店「ちょっきん館」や稲庭うどん「無限堂」、納豆専門店、老舗の仏壇店、はんこ屋、不動産屋、割烹、旅館、新興宗教などが軒を連ねる混然とした一画。
通町に抜ける角には鮮魚の「せきや」も。昭和の"日の名残り"がにじみ出てくる地域だ。

カズオ・イシグロ
「ちょっとマニアックな書房になるかな」と大友さん。既存の書店に置いている書籍は原則置かないという。「例えば地元出版社の書籍だけでなく、秋田に少しでもゆかりのある書籍をそろえていく。他に漫画の外国語版とか。語学関連の書籍も充実させたい。秋田には国際教養大がある」と話す。
大友さんは秋田高から東京外語大に進みプログラマーに。数年前から書店経営を視野に入れていた。東京の神保町、高田馬場などの古書店を歩いて情報収集に務めている。
「乃帆書房『のほ』と読む。まずは、"のほ"ほーんと本屋のおやじ修行に励みたい」

年明けの書店オープンを目指し、準備を始めた大友さん。開店時にはカズオ・イシグロの代表作﹁日の名残り﹂の原書が飾られる
コラムの社長は会社務めを終えた後独立し、事務所の窓から見たこと感じたことを1日1本発信している。毎日欠かさず8年になる。その「ひとこと」は2930回を超えた。
大友さんには、緻密なプログラマーという職務を離れ、のほほーんとした本屋のおやじ稼業が待っている。
書房がオープンする大町の一画は昭和という時代、大友少年が寝っ転がって見た父親の古里下浜の海に浮かぶヨットの帆ののほほーんとした景色を連想させる書房の名前、新聞記者だった社長のコラム。
それぞれに三者三様の"日の名残り"がある。年明け早々の乃帆書房オープン。イシグロの「日の名残り」の原書、一見の価値あり。
データボックス
カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro, 漢字表記: 石黒 一雄、1954年11月8日 生まれ )は、長崎県出身の日系イギリス人小説家。2017年にノーベル文学賞を受賞した。ロンドン在住。
1982年、英国に在住する長崎女性の回想を描いた処女作『女たちの遠い夏』(日本語版はのち『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を受賞し、9か国語に翻訳される。1983年、イギリスに帰化する。1989年、英国貴族邸の老執事が語り手となった第3作『日の名残り』(原題:The Remains of theDay)で英語圏最高の文学賞とされるブッカー賞を35歳の若さで受賞し、イギリスを代表する作家となった。